陰摩羅鬼の瑕

陰摩羅鬼の瑕 京極夏彦著

白樺湖畔に聳える洋館・通称鳥の城の主・由良昂允は五度目の妻を娶るところであった。八年前、十五年前、十九年前、二十三年前と、由良昂允は、その新婚初夜を明かすと共に、花嫁を亡くしていた。政略も何もなく、ただ恋愛のみで婚する五度目の花嫁・薫子を守る為、由良邸に招かれたのは、探偵・榎木津礼二郎その人であった。が、榎木津は発熱のため一時的に目が見えない状態になっていた。目は見えずとも、よく見える榎木津は、眼鏡を掛け視界を遮断し、介助の助けにきた関口巽と共に由良邸へと馳せ参じる。

『塗仏』以来、サイドストーリーものを読んでいたものですから、今回は重たい。本の重さもそうだけれど、やっぱり関くんが語ると重さが、というより、胡乱さが増します。ニ割り増しです。側にいたら苛々しそうな関くんを決して憎めないのは、やっぱり自分の中にも関くんが感ずるような曖昧模糊としたものが、しっかり存在しているという事かもしれません。さんざんな言われようの関口、榎木津にタツミ×2と呼ばれた方が馬鹿にされているような彼は、それでもそこに在ることを皆が見止めていると思います。いくら自分が曖昧にしていても、榎木津や中禅寺、木場のようにはっきりとした人から認識されそこに在るということ、他者から認識されているという事が既に存在として在る、ことに繋がるなんて思います。いくら境界が曖昧でも。

今回のお話しは、大分早い時点で結末が透けて見えてしまうのですが、そこでの、関口、中禅寺、榎木津、元刑事の伊庭の動き、活躍、憑き物落しの具合が、一体どんな風に締めるのか、それはやっぱり気になるところです。最後に一撃、榎木津炸裂しているけれど、それにしても今回は大人しめだったなぁというのと、皆が皆、京極堂の語り落しに素直に過ぎて、こちらも大人しめだったなぁというのが、感想でしょうか。テーマとしては自分と、自分以外、魂と魄、個と世界なんて好みのテーマがずらりだったのだけれど、今までの百鬼夜行シリーズの中では大人しめ、驚きというインパクトに欠けるといったところでしょうか。少なくとも私としてはですが。
ただ、『百鬼徒然袋−雨』や『今昔続百鬼−雲』のエピソードが垣間見えるなんていうのが、ファンとしては何気にたまらなく嬉しいものです。次は探偵・榎木津礼二郎活躍の『百鬼徒然袋−風』を読む予定なので、今回の大人しさを払拭するくらい榎木津が大暴れしてくれたらなぁなんて思います。

文庫版 陰摩羅鬼の瑕 (講談社文庫)

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 カニバリストの告白

カニバリストの告白 デヴィッド・マドセン著 池田真紀子訳

『生まれて真っ先に渇望したのは肉だった。ある朝、私は乳を吸いながら母の乳房を噛みちぎろうとしたという』−本誌表紙内抜粋。
私はトログヴィルを殺していない。から始まる物語。トログヴィル殺害容疑他諸々で投獄された、オーランドーの回想録です。『ハイゲートの女王』とオーランドーに言わしめるほど、母を神聖なるもの、完璧なものとして崇め、反して父には憎悪さえ持っていたオーランドー。けれどもそれはフロイト思想からくるものでは決してないと本人は断言しています。
めまぐるしく自らの芸術家・シェフ人生を走り続けるオーランドーには、面談に来る精神科医さえ、巻き込み取り込んでしまうような独自の理の通りがあります。その理、普通であれば通らぬところを、聞く人を幻惑させる蟲惑感を充分に含むのは、真実もまたその中に入り混じっているからなのでしょう。面談に来る精神科医エンリコ・バレッティが、オーランドーの、その独自の芸術的吸収の理に悩まされ、嫌悪し、惑わされていく様子が、報告書の形で挿入されていて、それもまた面白みのひとつでした。
罪状多々有りのオーランドーが、憎しみさえ抱いていたトログヴィル殺害を心から否認する理由。それはもちろん本当ではないからというのもあるけれど、彼自身の芸術に叶っていなかったからなのです。オーランドーの理に通らない。

芸術の前には悪意さえも成り立たないとでもいうような、オーランドーの振る舞いは、いっそ清々しさを感じるほどに明白に描かれていますし、ジャックとジャンヌの二人がスパイスを効かせてくれてもいました。帯部分に『万人には決してすすめられない禁断の書!』とありますが、同感です。これが大好きな一冊なんだ〜と軽い気持ちで勧められるものではないよなぁと、やっぱり思ってしまうけど、マドセン好きの私としては、今回も大いに楽しめました。マドセンの本は『読まされる』感がとても良いです。気になる方は読んでみるべしという一冊。濃厚な読書の時を過ごせます。色々濃ゆいのです。

カニバリストの告白

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 クドリャフカの順番

クドリャフカの順番 米澤穂信著

文科系部活動のさかんな神山高校。三日に分けて行われる盛大な神山高校文化祭、通称カンヤ祭の幕は上がった。上がるそうそう、千反田える率いる古典部は難題にぶつかる。文集『氷菓』を大量注文してしまったのだ。立地にも恵まれない古典部はいかにしてこの過剰在庫の『氷菓』の山をさばけるのか。そして、一日目からカンヤ祭を襲う『十文字』盗難事件。被害は最小だが話題性はうなぎ上りで、カンヤ祭文科系部活動の催し物と、引けをとらない注目事件に発展してゆく『十文字』。自身の部活古典部の危機もさることながら、大和撫子しかりとした千反田えるは、例によって「気になります」の一言を。古典部文集『氷菓』完売なるのか、そして『十文字』の真の目的とは?とカンヤ祭の喧騒に紛れつつ、持ち上がる事件を大いに、本当に最初から最後まで楽しめます。

今回とられた多視点形式。その視点の繰り出される順番。これがもう物語を大いに楽しませてくれました。出だしから店番を申しでる折木奉太郎の省エネ主義も、本人が信条に掲げるよりかは活動的にならざる終えない場面もあって、それはやるべき事は最小限にを貫きながらも、決して冷血さには繋がらないところが良い。そして福ちゃん好きの私としては、色んな場面の福ちゃんを見られたのも楽しめた一つの理由です。いつものように、全てを楽しみつくそうとするところ、奉太郎との付き合い思いのところ、摩耶花との絶妙微妙な関係維持。いつもとろい千反田えるの包丁捌きや、古典部のための惜しみない活動も見所でしたが、やっぱり最初っから最後までが中だるむことなく大いに楽しめたそんな一冊でした。今まで読んだ古典部シリーズ三作の中では一番好みでありました。

クドリャフカの順番 (角川文庫 よ 23-3)

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 陰日向に咲く

陰日向に咲く 劇団ひとり著

仕事にまみれ殺伐と日々を過ごす男が、自由を求め、その形を求め、行き着いた答えがホームレス。ホームレスに憧れ、衣装を用意し、公園に寝泊りを始め、コンビニのゴミ箱を漁る。少し残った自尊心を恥と思い、もっとホームレスらしくと過ごす中で、男は残飯漁りの最中に一人の青年とであう−『道草』から始まる連作短篇集。

どのお話も、温か味の残る読後感を与えてくれました。時に小気味な笑みをこぼさせ、時に笑いを誘い、時にきゅんと胸を締め付ける。そんなお話の集まりでした。私の好きな形態の一つである連作短篇というのも、いい感じに読み進められた要因かもしれません。
特に一話目の『道草』のラストの展開の小気味のよさや、『Overrun』のきゅんほろり感、どのお話もラストがとてもすとんと心に落ちてくる感じでした。劇団ひとりさんが、また小説を書いたら読んでみたいなと思ってしまうそんな一冊でした。
映画の方は一体どんなだったのかな〜と少し気になります。

陰日向に咲く (幻冬舎文庫 け 3-1)

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 明治開化 安吾捕物帖

明治開化 安吾捕物帖 坂口安吾著

眉目秀麗、洋行帰りの探偵・結城新十郎。それを取り巻く剣術使いの泉山虎之介と、劇作家・花酒屋因果。警察からも、世からも信頼を集める新十郎は、事件のごとにお呼びがかかる。その後を追い、連れ立ちながらも、我こそ心眼ありと誇示したがる虎之介と因果の様子と、新十郎の気にも留めない様子が、死人の出るお話をやわらかくしてくれます。心眼ありとしたいが為に、海舟の元へ赴き助言を仰ぐ虎之介。その海舟の推理振りは、安楽椅子探偵には及ばない、大方外れが多く、そしてたとえ外れていようとも、なにかしら負け惜しみとも、言い訳ともとれる納得事を言う海舟と、それを謹聴する虎之介という図で事件は幕をおろします。

筆者口上にあるように、各話の全体を締めるほとんどが、事件の流れ、状況、その説明でなっていますが、そこが一番面白い。特に、車夫が頼まれた行李を受け取り、欲に駆られて中身を見ればそこには死体の『ああ無情』。身分違いと半ば諦めていた家へと嫁いで見ると、そこの奥様、お嬢様は公的万引常習犯であった『万引一家』。気が弱い故に悪に巻き込まれ、逃れられたかと思うとまた苦労する男の『時計館の秘密』。後継ぎとなる風守は郷里でも東京でも、まるで隔離されたようであり、風守に関することは家内ではタブーであることを、不思議に思い始める光子は、風守唯一の友に様子を尋ね、得心のゆかぬ答えを耳にする『覆面屋敷』。あたりが、好みのものでした。
『舞踏会殺人事件/密室大犯罪/ああ無情/万引一家/血を見る真珠/石の下/時計館の秘密/覆面屋敷』の八篇+読者への口上。カバーデザイン・片岡忠彦さん。

明治開化  安吾捕物帖 (角川文庫 さ 2-5)

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