ピカルディの薔薇

ピカルディの薔薇 津原泰水著

「綺麗にして待っている」という言葉を残した妻・晶子は、言葉通り化粧をして死んでいた。肌に合わぬ真っ白な粉は、庭のおしろい花のものだった。その一軒家を売り越さねばならなくなったのは、なにもそれが理由ではなかった。それは猿渡りへと向けて語られる−『夕化粧』
小説誌の編集者に進められるまま向かった人形のグループ個展。その中でも看板作家である星鑛司の作品は、まるで彼の分身のように猿渡には見えた。脳に障碍のある星は療養所で暮らし、人形づくりもリハビリの一環に始めたものだった。リハビリの一環には薔薇づくりもあり、猿渡は促されるまま、彼の暮らす療養所へと出向き、その薔薇園と、工房をのぞく。そこで星が青いと言った薔薇は、まるで青に見えないものだった−『ピカルディの薔薇』
伯爵の取材旅行に追従した猿渡は、主鵺島へと渡った。そこは白鳥飛鳥が半数を所有している島であった。伯爵はその島にある榕樹にまつわる伝説を取材に訪れ、それは白鳥飛鳥が語るところの《くれなゐ伝説》である。彼女には、榕樹と《くれなゐ伝説》に並々ならぬ思い入れがあることが感じられた−『籠中花』
食にまつわる随筆を依頼された猿渡は、以前主鵺島で出合った白鳥飛鳥を思い返した。島を訪れた夜の晩餐では、猿渡らは実によく食べ物について語り合ったのだった。白鳥が語るイヌイット独特の醗酵食品キャビック。伯爵が語る内田蝲蛄。常に何かを演じるようであった白鳥の、動物のみに向かったエネルギッシュな食への執着とは−『フルーツ白玉』
平太郎は三十日夢を見た。それは様々で、けれども決まって最後には自分の体内へ入り込んでくる逆流夢であった。その話は月埜という女が語ったもので、月埜は平太郎の双子である。その話を猿渡が思い出したのは、尿道の痛みのせいだろう。真のファム・ファタルは誰だったのか−『夢三十夜』
古道具屋《南國堂》に入り浸っていた猿渡は、ある日客が訪れたのを見る。店に売られたのは飴色のウクレレであった。一桁手の届かぬ値段に悔し紛れに言った一言で、店主・南国の様子は豹変した。そして彼が抱えて戻ったケースの中にはウクレレが。そのマーティン5Mだという品にまつわる物語を、店主は語りだす−『甘い風』
網本であった父の遺産を相続した猿渡は、島での暮らしに行き詰っていた。お金に困るわけでもない、ただ漠然と島から出ること、満州へ移住することを考えていた。そんな時、中学の同窓であった伯爵から手紙が来た。音楽学校を出て指揮者になっていた伯爵は、新京交響楽団の初公演をするという。満州で猿渡は、和佐という家にやっかいになった。そこで小学生になる娘・唯子と親しくなり、彼女の同級である満州貴族の息子の家へと向かうことになる。迷うほどに広い庭には、石造が物語仕立てに並んでいた−『新東京異聞』

伯爵と猿渡シリーズ第二段。と言っても、『蘆屋家の崩壊』とは一風異なっていました。定職の無かった猿渡は、何時の間にやら作家となっています。もの悲しい幻想感はそのままに楽しめましたが、伯爵好きの私としては、伯爵の登場が少なく、ゆえに猿渡との掛け合いも少なく、その点だけは寂しく思いました。
いつまでもおしろい花に見つめられる怖さの『夕化粧』、五感を無くした人形師の登場する『ピカルディの薔薇』のうら淋しさ。『夢三十夜』の混迷感は好みでしたし、『甘い風』の哀愁も後をひきました。ひとつひとつが素晴らしいお話でした。装画は金子國義さん。
『夕化粧/ピカルディの薔薇/籠花中/フルーツ白玉/夢三十夜/甘い風/新京異聞』の七篇。

ピカルディの薔薇

THEME:読んだ本。 - GENRE:本・雑誌

| TRACKBACK:0 | COMMENT:0 | HOME |

 綺譚集

綺譚集 津原泰水著

『天使解体/サイレン/夜のジャミラ/赤假面傳/玄い森の底から/アクアポリス/頸骨/聖戦の記録/黄昏抜歯/約束/安珠の水/アルバトロス/古傷と太陽/ドービニィの庭で/隣のマキノさん』の十五篇。

自転車のハンドルで腹を貫かれてしまった少女の屍体。それを無残でない姿にしてやろうと手を尽くす男二人の姿が薄ら寒さを充分に与えてくれた『天使解体』。美を吸い取る力を持って産まれた村山の、狂おしい粘着質の愛が魔性として成される様が、古い文体で綴られ耽美感を増幅する『赤假面傳』。口内を満たす痛み、広がる血の味、かちかちと耳に届く音、無くした携帯、向かった遠方の歯科、抜かれる親しらず、久々に舐める事を意識した歯裏、蘇る過去、なんてものを微眠みの中のように読ませてくれる『黄昏抜歯』。十六歳、ただ一度の出会いが、永遠の約束へと繋がる『約束』は、最早自分が誰かも分からなくとも『約束』となって彼女の側に寄り添う様や、いつか彼女が知る時が素敵でした。彼の腹の傷跡、その中は眩しく居座る思い出の場所『古傷と太陽』。ゴッホの〈ドービニィの庭〉を再現し続けなければならなくなった男たちの『ドービニィの庭で』は、この短篇集の中で一番読み応えがありました。

グロテスクとエロティシズムが、ふんだんに織り込まれ協調して、幻想感とどことない怖ろしさを感じさせてくれました。+背徳というエッセンスが散りばめられていて、うしろめたいものをのぞき込むような面白さもありました。妄執に捕らわれている様であればある程、惹き付けられるように読んでしまいました。

綺譚集

THEME:読んだ本。 - GENRE:本・雑誌

| TRACKBACK:0 | COMMENT:0 | HOME |

 蘆屋家の崩壊

蘆屋家の崩壊 津原泰水著

三十路を越えても定職につけずにいる男・猿渡と、年中黒ずくめで怪奇小説を書く男・伯爵は、豆腐好きが縁で親しくなり、美味い豆腐を求めての旅や、伯爵の取材の為の旅に出かける。そして、行く先々には、不思議な、怪奇なものが…。
どことなく抜けたような二人の掛け合いの間に、ほのぼのさを感じます。八篇の中で、印象的だったのは、『超鼠記』『ケルベロス』『埋葬虫』『水牛群』でした。
『超鼠記』は、鼠のお話。当時、猿渡が世話になっていた事務所に、鼠が住み着いた気配があり、業者を呼び鼠取りを仕掛ける。けれども、ひっかったのは、猿渡と、薄汚れた少女だった。読み始めてすぐ、こんな感じかな〜という予感はあったけれど、最後はしっかり薄気味悪さを残してくれます。

河豚にも迫る勢いという蒟蒻につられ、伯爵に同行することになった猿渡。行ってみればそこは八つ墓村のようなど田舎で、この二十年、村の少ない世帯に順繰りと良くないことが起こり続けている。そしてそれは、伯爵を呼び寄せた落合花代とその双子の妹・葉子が産まれて以降の事で、村の中では、大昔の因習・双子を間引くということをしなかったせいだと考える者もいた。という感じで進み始める『ケルベロス』もよかったです。

『埋葬虫』は、おもしろかったです。この短篇集の中でも何だか分かりやすい感じがしました。中古カメラ屋をのぞいていると、十年ぶりに学生時代の友人・伊予田に出会う。伊予田は、猿渡が興味のあるカメラを貸す代わりに、森の写真を撮ってきて欲しいと頼む。それは、先の永くない会社の同僚の為だった。伊予田が自宅で世話しているその彼は、二十代前半の美貌の青年で、殆ど寝て過ごしているのだけど、その目はカメレオンのようにばらばらに動くという奇妙っぷり。という感じです。

最後に『水牛群』。猿渡が、不当解雇のすえ神経衰弱に陥り、眠れないは、食えないはで、衰えきっています。こういう、出口を塞がれたような、迷路のような、そんな感じはとても好みです。行き詰ったぐるぐる感のあるもの。このお話は、本書の中でも、明るい兆しが感じられるものでした。

全体を通して、ダムに沈んだ街を覗き込むような感覚で、読みすすめていました。それから伯爵が好きです。伯爵メインのお話なんかも読みたいなと思ってしまいました。二人の掛け合い含めて、怖さだけじゃなく笑えるところもありました。けれどもやっぱり哀愁を残す『反曲隧道/蘆屋家の崩壊/猫背の女/カルキノス/超鼠記/ケルベロス/埋葬虫/水牛群』の八篇。

蘆屋家の崩壊 (集英社文庫)

THEME:読んだ本。 - GENRE:本・雑誌

| TRACKBACK:0 | COMMENT:2 | HOME |
| HOME |

new

recommend-nowadays

左近の桜
長野まゆみ著:左近の桜
『在る所 逢うべくものは あやしもの
情ひろいくる 左近の桜』
デビュー二十周年を記念する、新シリーズ第一作。
感想はこちら

カルトローレ
長野まゆみ著:カルトローレ
『鳥の影 舞いおちる羽 沙の道
クロシェが紡ぐ 時の紋様』
作家生活二十周年記念作。
感想はこちら

倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)
皆川博子著:倒立する塔の殺人
『真実の 鏡の瞼 閉じられず
倒立の果て 香るジャスミン』
ミステリーYA!
感想はこちら

夜市 (角川ホラー文庫 つ 1-1)
恒川光太郎著:夜市
『まがり角 一歩進んだ その先で
迷いこめそう そんな幻想』
文庫がでました。
感想はこちら

螢坂 (講談社文庫)
北森鴻著:螢坂
『久方に 訪れたまち すげなくも
追慕おし来る 無き螢坂』
香菜里屋シリーズ第三弾。
文庫化。
感想はこちら

category

comment

trackback

profile

romi

Author:romi
本の感想を細々と。
週に一冊くらいは本を読めたらいいな、というゆるい感じでやっています。TB・CMなど大歓迎です。
最近ちょっとばかりスパムが多いのでTB・CMは承認後に表示させて頂いています。

時々更新写めも


☆mail☆

 

にほんブログ村 本ブログへ
↑気になる本の感想・書評などをお探しの時には…こちら

link

このブログをリンクに追加する

search

rss