秋の牢獄

秋の牢獄 恒川光太郎著

雨の音で目を覚まし、耳を傾け至福を感ずる朝のひと時。変わり無い一日を終え、迎えた翌日は、昨日とどこも変わり無く、昨日という日は今日と同じで、今日という日は昨日と同じで、雨の音から目を覚ます、十一月七日水曜日を、藍はこうして繰り返すこととなった−『秋の牢獄』
春の夜、朧月、気まぐれに選んだ抜け道の先には、藁葺き屋根の古風な民家。中には翁の面を被った老人。躊躇いながらも、招かれるまま中へと進み入ったぼくの目の前で老人は消え、ぼくは、そこから出られなくなった−『神家没落』
森の中で祖母と二人、暮らすリオ。祖母には不思議な力があって、石を小鳥に、蛙に、様々なものに変えて見せてくれるけれど、それはやっぱり石なのであって、小鳥や、蛙や他の物には成り得ない。祖母は幻を操った。それは霊狐のお力という。森の中の二人の家が焼けた日、リオは霊狐のお力を初めて操る。そして幾日か後には本当の両親の元へと戻り、祖母が本当の祖母でないことが分かって、元の自分の生活の記憶も戻っていく。祖母と暮らしていたのは、たったの四ヶ月だった。リオは一人幻術を練習し始めた−『幻は夜に成長する』

表題作『秋の牢獄』を含める短篇どれもが、とらわれるという状況を含んでいて、とらわれた人の中に芽生える狂気なんてものも描かれていて、けれどもやっぱり、もしそんな事になったらどうしよう…というところに怖さがありました。『秋の牢獄』に出てくる北風伯爵という白い異形。この異形がリプレイヤーたちを喰っているのか、それとも繰り返す十一月七日から助け出してくれるのかというのは、明日という日、明後日でも、明々後日でもいいけれど、読んでいて、そういう明日への漠然とした不安を掻き立てられました。『神家没落』も好きでした。前作、前々作の『夜市/古道』『穏』なんて世界と同じく、普通の世界の別位置に存在しているのだろうと思うと、不思議世界満載だよなぁ、恒川ワールドだなぁなんて思います。『幻は夜に成長する』は三作の中で狂気度一番でした。次回作心待ち中です。
『秋の牢獄/神家没落/幻は夜に成長する』の三篇。

秋の牢獄

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 雷の季節の終わりに

雷の季節の終わりに 恒川光太郎著

地図に載ることもない土地『穏』には、四季の他にもう一つ、冬と春の間に雷季という季節があった。その名の通り雷の季節。長閑な田舎然りといった風である『穏』でも、その雷季には、人々は戸を閉ざし、その季節が過ぎ去ってしまうのを待っている。その季節には、鬼が歩き回り、人をさらって行ってしまうのだ。その頃『穏』で過ごしていた賢也の元から、雷季が姉を連れ去った。そして舞い込んで来たのは、人に憑くといわれる『風わいわい』だった。

雲行きが怪しくなっていく展開過程が、前回読んだ『夜市』同様楽しめました。世界観の確立具合がとても好みです。物語の中で好いタイプの人として描かれている人たちは、水か空気か風かというように透明感を持って波無く描かれているのに対して、悪いタイプの人として描かれる人たちが、ことごとくあくどさを漂わせているところなんかが、安心して読めました。
やっぱりどことなく物悲しさが漂うところが好いなぁと思います。『風わいわい』が好きでした。空に住む者なんて事だと、超然としているのが常といった風なところ、『風わいわい』は、感情の起伏がとても人間らしいのです。『風わいわい』に憑かれるのはちょっと…と思ったりもするけれど、『風わいわい』になりたいなんて少し思ってしまいました。いいなぁ『風わいわい』。ああいう人に捕まるのは御免ですけれども。季節はどう過ごしていたって過ぎ去っていくのだよなぁと、しみじみ思いました。

雷の季節の終わりに

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 夜市

夜市 恒川光太郎著

今宵は『夜市』が開かれる。告げに来るのは学校蝙蝠。そこには、珍しくも奇妙、奇怪、貴重な品々が並び、その店先を覘く者たちもまた然り。いずみを誘い連れ立って『夜市』へ向かった裕司は、その昔自分の弟を『夜市』で売ってしまっていた−『夜市』。
七歳の春、花見先で迷子になった私は、親切そうに見えたおばさんに導かれて、その古道を通った。夜にはお化けが出るのだと聞かされた私は、未舗装であるその道、生垣、塀に囲まれた家々の並ぶ中、けれどもその家々のどれもが、この裏小道と呼ぶには広い道に玄関を一つも向けはしないその奇妙さ、見知った道にあるべきものが無いその道を、言われたままにまっすぐと、夢中に歩いた。そして五年後、私は親友のカズキと共にその古道を再び訪れる−『風の古道』。

『夜市』では、前半で『夜市』のルールが徐々に知らされるにつれて、『夜市』の中に誘い込まれました。後半に真相が明かされる部分がとてもおもしろくて、もの悲しいです。『風の古道』の方も、同じような空気感を纏っていて、とても好みでした。私は特にこちらの方が入り込めました。
形はないが確かに在りそうとしか呼べないもの、とは『夜市』で客が望む品物であり、『古道』で死者の骸に近寄る影であり、『夜市』を形成する品物、店、商人それらであり、『古道』を形作る全てであり、『夜市』であって、『古道』でした。そして、そこに迷い込むのは人間であって、『夜市』や『古道』そのルール、意思に従って、排除されるか、認められるか、はたまた取り込まれてしまうのか。そこはただただ、不思議な、妖しい、怖ろしい、そして魅力的な場所なだけではなく、その内での規約が確かに存在しています。そんなところがまた魅力的で、ダメだダメだと思いつつ、やっぱり少しだけ足を踏み入れたいような気になってしまいます。清流がさらさらさららと流れるような描かれ方が、怖さよりも魅力的と『夜市』や『古道』を夢想させてくれました。

これはもう、単行本発売当初にタイトルも装丁もかなり好みだったのだけれど、時期を逃してしまって…そうなるとなんだか中々手が出ない…という具合だったものだから文庫発売ということで即購入。ほんとにもっと早くに読んでいたらなぁというくらい、好きな作家さんになりそうです。

夜市 (角川ホラー文庫 つ 1-1)

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