倒立する塔の殺人

倒立する塔の殺人 皆川博子著

時は戦時下、都立**高等女学校の四年生であった阿部欣子は、学徒労働員として働いていた。度重なる空襲で家を家族を失い、家を焼き出された欣子は、同級生の三輪小枝と叔母が過ごす彼女の家に世話になる事となる。三日後、戦争は終わり、校舎も丸焼けとなってしまっていた欣子たちは、**女学院の一部を借りる事となった。**女学院は校舎は無事だったがチャペルが空爆にあい、その時、学徒労働員として工場で働いていた頃に小枝と親しくしていた上月葎子が亡くなっていた。当時、疎開の為在校生が減り、防空壕に入りきれないという筈もないのに、上月だけがチャペルで死を迎えたことを、小枝は不審に思っていた。そんな小枝は欣子に読んで欲しいものがあるという。それは表紙は孔雀模様で、背表紙が模造皮の一冊の本であった。著者名もタイトルもないその本は、見開きの次のページに『倒立する塔の殺人』と蔓薔薇模様で飾られ書かれ、それは手書きのようだった。それは**女学院の同学年である設楽久仁子によって書き始められ、**女学院専門部であった上月、それから小枝が書いたものだという。そこには、それぞれの手記と、回し書きの小説が綴られていた。

回し書き小説の部分も興味深いのですが、手記形式の箇所が特におもしろかったです。人の日記を読んでしまったような気になるほど、それぞれの手記の書き手の内面が深く綴られています。様々な心の内を、倒錯した形で発露せずにはいられないそんな人々。素直には形作る事が出来なくて、他の手段をもって叫び続ける姿。時世のみならず、内との煩悶、葛藤が強く感じらました。ミステリの部分も謎が深く、思いがけなかった展開が幾つも訪れ、とても楽しめました。装画は佳嶋さん。


倒立する塔の殺人 (ミステリーYA!)

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 愛と髑髏と

愛と髑髏と 皆川博子著

檻の中で目覚めた私は、同じように檻に入れられた動物、ほとんどが犬か、そうでなければ猿たちとともに、檻に並べられていたそこは、はたして移動動物園のようなものなのだろうか。私の向かいの檻には、犬とも狼ともつかぬ高貴で媚びない獣が一匹、彼に“犬狼”と名付けた私は、彼に激しい恋情を抱く−『悦楽園』。
蕗子は遠足先でお弁当を食べる友達がいない。仲間に入れてと言うことも出来ない。友達がいないと知られるのが嫌で、蕗子の言動から全てを見通す母が恐い。アトリエには父と父の友人の吉岡さんが居て、蕗子は吉岡さんとの短い時間を最大限に楽しく過ごしたいが、うまくいかない。三歳の妹の優子は無条件に可愛がられていて、要らないとさえ思っているのに、世話をしなければならなくて疎ましい。蕗子の中で暗い思いは膨れ上がる−『人それぞれに噴火獣』。
『風/悦楽園/猫の夜/人それぞれに噴火獣/舟唄/丘の上の宴会/復讐/暁神』の八篇。

ひとつひとつが、ものすごく読みごたえがありました。が、これは怖い。奇怪なことに対してというよりも、人の情というか、それに対するそれぞれの、その人なりの執着、切望、嫉妬、なんかに取り込まれてしまって成り立った怪異世界。魑魅魍魎が大量出現、終わる事なき連続殺人、などが主テーマなものよりも、激情として発露し難い情念を、こう滔々と描かれると、本当に怖ろしいものがあります。甘苦いものが舌の上を後引くような読了感でございます。

THEME:読んだ本。 - GENRE:本・雑誌

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 骨笛

骨笛 皆川博子著

『沼猫/月ノ光/夢の雫/溶ける薔薇/冬薔薇/噴水/夢の黄昏/骨笛』の八篇。
どれもこれもの空間の歪み具合が好きです。
『沼猫』に登場するマユ。マユは平凡な感想には軽蔑の視線をなげかけ、ありふれた場面の登場人物と化すのは我慢がならないだろう性格です。そして、またいとこという関係となっている高志を、ウサギママのコーヒー屋『カト』に呼び出す時にも、『カトにいるよ』と電話で言うだけ。相手が必ず来ると自惚れている訳でもなく、単に身を低くして頼むというコンセプトがないのです。
『夢の雫』に登場する泉は、新しい家に越してから地下室の夢をよく見るようになります。地下室の天井付近には細長い天窓があり、壁には粗末な木の梯子。それを下へ下へとおりていきます。いとこである夏生は、新しい家に越してからまた家にやって来るようになっていて、二人は『夢辞典』という本を読み始めます。泉もマユと同じよう、ちょっと気難しいと思われがちな女の子です。
泉の母、裕子は休日になると映画館へと出かけます。映画館の闇が好きで、その闇の中に浸りたいからで、その間は自分からあらゆるものを消す事が出来る、けれどもジェンダーの属性からは解き放たれる事はありません。こうして裕子は日々からの回復をはかります。

とりわけこの三人が、この短編集の不安感を煽ってくれました。死というものが根底にあって、それは物理的のものだけではありません。泉とマユは『噴水』で出会います。二人は同じ歳だけれど、その頃の泉は確かに何かを失いました。それは直接的な出来事とは、切欠はあるにしろ同義ではなくて、泉は自ら命を絶ちます。そしてマユは、泉のようになる事を恐れ、また別のものを失います。そして『夢の黄昏』で裕子もまた何かを失っていたのだなと思われます。裕子が泉のことを、サバサバと話すところが印象的で、失っては回復する日々の不毛なのだなぁなんて考えます。
彼女達が皆女性であるから、少女性と言ってしまってもいいけれど、大人になるほどに次々と失われていくもの、失った時点でそれ以前の自分とは別であり、それ以前の自分は死んでしまっているのだとも思える怖さが感じられて、止まるにせよ、進むにせよ、失われるということを突きつけられるようで、とても不安を感じました。そういう怖さは、けれども静かな不安であるので不快ではなくて、すばらしい翻弄に浸ることができました。

骨笛 (集英社文庫)

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