シュガータイム
シュガータイム 小川洋子著
異常な食欲に飲み込まれたかおる。その日のうちに幾ら何を食べたのか、その日の夜になるまで何かを口にするとも限らない状況の中で、ベッドの中で日記をつけ始める。それは一日のうちにどれだけのものを食べたかという奇妙な日記だった。
一日のうちに食べたものを記録する日記というだけならば、ダイエットの方法として割とやっている人は多いのではないでしょうか。ただ、かおるの場合、その食物の記録の文字の羅列が多い。それは異常な食欲からくるもので、食べることから気をそらす事が難しいのです。それ以外はいたっていつもの通りで、太りもしない。それだけ食べて太らないなんて素敵だなあなんて思ったりもしましたが、食費がかさむななんて思ったりも。けれどもお話は、そんな即物的な雰囲気とはかけ離れて、静謐な空気をはらんでいます。
成長する体を持たないかおるの弟・航平のまばたきの美しさ。彼氏の吉田さんと手を握り合うだけで眠る夜のひと時。月明かりだけの中で、一人パウンドケーキを焼くかおる。どれもしみこむような静かさをたたえています。そして静がかおるであるならば、動は友人である真由子ではないでしょうか。かおるの異常な食欲にも、吉田さんに女の影が現れたときにも、傍らで一緒に真剣になってくれるのが、この真由子です。異常な食欲が始まり終えるまで、その期間はかおるにとって切ないけれど大切な時間だったのだろうなと、しんとした気持ちで読み終えることができました。
異常な食欲に飲み込まれたかおる。その日のうちに幾ら何を食べたのか、その日の夜になるまで何かを口にするとも限らない状況の中で、ベッドの中で日記をつけ始める。それは一日のうちにどれだけのものを食べたかという奇妙な日記だった。
一日のうちに食べたものを記録する日記というだけならば、ダイエットの方法として割とやっている人は多いのではないでしょうか。ただ、かおるの場合、その食物の記録の文字の羅列が多い。それは異常な食欲からくるもので、食べることから気をそらす事が難しいのです。それ以外はいたっていつもの通りで、太りもしない。それだけ食べて太らないなんて素敵だなあなんて思ったりもしましたが、食費がかさむななんて思ったりも。けれどもお話は、そんな即物的な雰囲気とはかけ離れて、静謐な空気をはらんでいます。
成長する体を持たないかおるの弟・航平のまばたきの美しさ。彼氏の吉田さんと手を握り合うだけで眠る夜のひと時。月明かりだけの中で、一人パウンドケーキを焼くかおる。どれもしみこむような静かさをたたえています。そして静がかおるであるならば、動は友人である真由子ではないでしょうか。かおるの異常な食欲にも、吉田さんに女の影が現れたときにも、傍らで一緒に真剣になってくれるのが、この真由子です。異常な食欲が始まり終えるまで、その期間はかおるにとって切ないけれど大切な時間だったのだろうなと、しんとした気持ちで読み終えることができました。
おとぎ話の忘れ物
おとぎ話の忘れ物 小川洋子著 樋上公実子・絵
杏、シナモン、薄荷、蜂蜜、白バラ、石榴、鱗紛、たてがみ、羊水…色とりどりで、様々な味のするキャンディーを製造する工場を持つ、キャンディーの販売店『スワンキャンディー』。一番人気は『湖の雫セット』。スワンの形をした陶器製の容器の中には、全種類のキャンディーが入っている。『スワンキャンディー』のレジの後には扉が一つ。その中は『忘れ物図書館』。あらゆる国の、あらゆる駅の忘れ物保管室から救いあげられた、忘れ物のおとぎ話たち。『忘れ物図書館』には、そんなおとぎ話たちが集められていた。
『スワンキャンディー』と、『忘れ物図書館』について紹介的な序章と、『ずきん倶楽部/アリスという名前/人魚宝石職人の一生/愛されすぎた白鳥』の四篇。
実のところを言えば、既読の小川さんの作品よりも物足りなさを感じました。素敵なお話なのだけれど、いつもよりしなやかさが薄いというか、ぼんやりと硬いというか…。けれども、それはそれ。『人魚宝石職人の一生』は好きでした。特に悲恋話が好きでもないのだけれど、人魚姫は小さい頃から好きで、あの最終的には、めでたしめでたし、とならない所が好きで、この『人魚宝石職人の一生』もそうはなりません。思い返すとよけいに良さが沁みてきます。
そして樋上さんの、アンニュイな感じの少女たちの絵が、小川さんの文によく似合っているなぁと思いました。とくに『ずきん倶楽部』に用いられている絵ははまりですし、『人魚〜』の絵も素敵でした。
杏、シナモン、薄荷、蜂蜜、白バラ、石榴、鱗紛、たてがみ、羊水…色とりどりで、様々な味のするキャンディーを製造する工場を持つ、キャンディーの販売店『スワンキャンディー』。一番人気は『湖の雫セット』。スワンの形をした陶器製の容器の中には、全種類のキャンディーが入っている。『スワンキャンディー』のレジの後には扉が一つ。その中は『忘れ物図書館』。あらゆる国の、あらゆる駅の忘れ物保管室から救いあげられた、忘れ物のおとぎ話たち。『忘れ物図書館』には、そんなおとぎ話たちが集められていた。
『スワンキャンディー』と、『忘れ物図書館』について紹介的な序章と、『ずきん倶楽部/アリスという名前/人魚宝石職人の一生/愛されすぎた白鳥』の四篇。
実のところを言えば、既読の小川さんの作品よりも物足りなさを感じました。素敵なお話なのだけれど、いつもよりしなやかさが薄いというか、ぼんやりと硬いというか…。けれども、それはそれ。『人魚宝石職人の一生』は好きでした。特に悲恋話が好きでもないのだけれど、人魚姫は小さい頃から好きで、あの最終的には、めでたしめでたし、とならない所が好きで、この『人魚宝石職人の一生』もそうはなりません。思い返すとよけいに良さが沁みてきます。
そして樋上さんの、アンニュイな感じの少女たちの絵が、小川さんの文によく似合っているなぁと思いました。とくに『ずきん倶楽部』に用いられている絵ははまりですし、『人魚〜』の絵も素敵でした。
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寡黙な死骸 みだらな弔い
寡黙な死骸 みだらな弔い 小川洋子著
てっきり短篇集だと思い込んで読んでいて、二話目で「ん?」と思い裏返してみたら、なるほど連作短篇集だったのかと。短篇も長篇も好きだけれど連作短篇とくるとなんだかテンションがあがります。『洋菓子屋の午後/果汁/老婆J/眠りの精/白衣/心臓の仮縫い/拷問博物館へようこそ/ギブスを売る人/ベンガル虎の臨終/トマトと満月/毒草』の十一篇。
時計塔のある街での、様々な人々の様々な弔いが描かれています。直接的に誰か死者を弔うというよりも、以前に読んだ『薬指の標本』の標本室に持ち込まれる品々、持ち込む人々に通じるものがありました。自分の中にある思い出だったり、拘りだったり、執着だったり、捕らわれているものとの密やかな決別が、光集まる景色に反して、グロテスクに綴られているのが秀逸でした。
この連作短篇の中でも短い『白衣』では、とりわけショッキングな情景が繰り広げられていて、その反動か『心臓の仮縫い』での特殊な状況であるはずの外側に付いた心臓よりも、ハムスターの末路の方に薄気味の悪さを覚えました。『老婆J』から『眠りの精』辺りと、『ギブスを売る人』から『ベンガル虎の臨終』も良かったのだけれど、こちらには前話の『拷問博物館へようこそ』の老人の雰囲気も欠かせません。
小川さんの書かれるものの中で、切ないほのぼの感を感じさせてくれるものも勿論好きなのだけれど、この『寡黙な死骸 みだらな弔い』のような、無気味さが静かに寄り添って馴染んでいるものの方が、より好きです。
てっきり短篇集だと思い込んで読んでいて、二話目で「ん?」と思い裏返してみたら、なるほど連作短篇集だったのかと。短篇も長篇も好きだけれど連作短篇とくるとなんだかテンションがあがります。『洋菓子屋の午後/果汁/老婆J/眠りの精/白衣/心臓の仮縫い/拷問博物館へようこそ/ギブスを売る人/ベンガル虎の臨終/トマトと満月/毒草』の十一篇。
時計塔のある街での、様々な人々の様々な弔いが描かれています。直接的に誰か死者を弔うというよりも、以前に読んだ『薬指の標本』の標本室に持ち込まれる品々、持ち込む人々に通じるものがありました。自分の中にある思い出だったり、拘りだったり、執着だったり、捕らわれているものとの密やかな決別が、光集まる景色に反して、グロテスクに綴られているのが秀逸でした。
この連作短篇の中でも短い『白衣』では、とりわけショッキングな情景が繰り広げられていて、その反動か『心臓の仮縫い』での特殊な状況であるはずの外側に付いた心臓よりも、ハムスターの末路の方に薄気味の悪さを覚えました。『老婆J』から『眠りの精』辺りと、『ギブスを売る人』から『ベンガル虎の臨終』も良かったのだけれど、こちらには前話の『拷問博物館へようこそ』の老人の雰囲気も欠かせません。
小川さんの書かれるものの中で、切ないほのぼの感を感じさせてくれるものも勿論好きなのだけれど、この『寡黙な死骸 みだらな弔い』のような、無気味さが静かに寄り添って馴染んでいるものの方が、より好きです。
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薬指の標本
薬指の標本 小川洋子著
『薬指の標本/六角形の小部屋』の二篇です。
閉じ込めてしまいたい記憶に関する有機的、無機的物たちを標本にするという標本室で働く事になった『わたし』。
その標本室には標本技術士である弟子丸氏と、その建物が女子専用アパートだった頃の名残のように老婦人が二人居るだけであった。
くすんでいるのに丁寧な趣の外観を持つ静寂に満ちた建物、標本室の中での物語。
サイダー工場で働いていた頃の事故で『わたし』は薬指の先を失います。『わたし』自信が左程気に掛ける事の無くなっていたその指先に、ひっそりとした興味を示す弟子丸氏。
いつでも身に着けるようにと、弟子丸氏からプレゼントされた靴を『わたし』は言われるままに履き続けます。あまりにもぴったりとくるその靴は、いつか『わたし』の足を奪う、それは『わたし』の自由を奪う事だと知りながら、むしろ捕らわれてしまいたいと願い始める『わたし』と、それを観察者のような立場から眺めている弟子丸氏の、激しさを伴わない、ひそやかな各々の執着するところが、閉塞感と混ざり合って、静かな狂気を感じさせてくれました。
失う事と、閉じ込めてしまう事について様々と考えてしまう、そんな読後感でありました。
『薬指の標本/六角形の小部屋』の二篇です。
閉じ込めてしまいたい記憶に関する有機的、無機的物たちを標本にするという標本室で働く事になった『わたし』。
その標本室には標本技術士である弟子丸氏と、その建物が女子専用アパートだった頃の名残のように老婦人が二人居るだけであった。
くすんでいるのに丁寧な趣の外観を持つ静寂に満ちた建物、標本室の中での物語。
サイダー工場で働いていた頃の事故で『わたし』は薬指の先を失います。『わたし』自信が左程気に掛ける事の無くなっていたその指先に、ひっそりとした興味を示す弟子丸氏。
いつでも身に着けるようにと、弟子丸氏からプレゼントされた靴を『わたし』は言われるままに履き続けます。あまりにもぴったりとくるその靴は、いつか『わたし』の足を奪う、それは『わたし』の自由を奪う事だと知りながら、むしろ捕らわれてしまいたいと願い始める『わたし』と、それを観察者のような立場から眺めている弟子丸氏の、激しさを伴わない、ひそやかな各々の執着するところが、閉塞感と混ざり合って、静かな狂気を感じさせてくれました。
失う事と、閉じ込めてしまう事について様々と考えてしまう、そんな読後感でありました。
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ブラフマンの埋葬
ブラフマンの埋葬 小川洋子著
鉄道が通る他は殆ど切り取られてしまったような村にある〈創作者の家〉で働く『僕』の元に、ある朝ブラフマンがやってきた。
ひとえにブラフマンが可愛くてその様子に癒されるのだけれど、特に『僕』が語るブラフマンは愛しいです。
『僕』は特別感情的になったりなどはしなくて、それは気に掛かる娘に対してもそうなのだけれど、ブラフマンに関してはそうではなくて、その情の違いがしっとり伝わってくる感じが好きです。
季節が流れていてもひっそりと時が止まってしまったような街でブラフマンばかりが生を表して感じられました。
読んでいる間中アライグマの様な獣を想像していたのだけれどブラフマンは一体どんな愛らしさだったのか思い巡らすのも楽しみの一つでした。
鉄道が通る他は殆ど切り取られてしまったような村にある〈創作者の家〉で働く『僕』の元に、ある朝ブラフマンがやってきた。
ひとえにブラフマンが可愛くてその様子に癒されるのだけれど、特に『僕』が語るブラフマンは愛しいです。
『僕』は特別感情的になったりなどはしなくて、それは気に掛かる娘に対してもそうなのだけれど、ブラフマンに関してはそうではなくて、その情の違いがしっとり伝わってくる感じが好きです。
季節が流れていてもひっそりと時が止まってしまったような街でブラフマンばかりが生を表して感じられました。
読んでいる間中アライグマの様な獣を想像していたのだけれどブラフマンは一体どんな愛らしさだったのか思い巡らすのも楽しみの一つでした。
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