猫道楽

猫道楽 長野まゆみ著

路地裏の白い土塀、軒の深い屋根を持つ古風な家々のその奥、細い階段坂がくの字に曲がったあたりにある家が『猫飼亭』。学生課で紹介された猫シッターのアルバイトで訪れる梓一郎。房のついた傘を目印に副業を始めようとしていた鈴村剛史。デパートの特設会場で、盆の提灯を売っていた石川淳也。仕事先のお嬢さんに頭が上がらず、されるがままだったその日、昔風の火屋を取り付けたタクシーに乗り込んだ寧。皆それぞれの理由から、『猫飼亭』へと導かれてゆきます。

それぞれの日常と、そこから遊離した『猫飼亭』での時間。日常から離れ始めていく過程の不安定さが、とても素敵でした。最近読んだ『左近の桜』に近い読後感でした。小物使いがストーリーとマッチしていて、その世界観の虜になります。あんな泡風呂にあこがれます。それと駄菓子で出てきたボーロが懐かしかったです。ものすっごく小さい時に食べた覚えがあって、私は嫌いだったのだけれど、作中のようにミルクに浸したらおいしかったのかな?なんて思います。今もボーロってあるのかな?なんて関係のないことまで思い浮かべてしまいました。装画は長野まゆみさん、ご本人。

猫道楽 (河出文庫 な 7-32)

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 月の船でゆく

月の船でゆく 長野まゆみ著

ジャスは腕を掴まれ立ち止まった。少年はキャメルカラーの皮手袋をジャスにはめてほしいのだという。パパと同じくらいの手の大きさだから。その少年・ティコは、ジャスがあしげく通う高校近くのカフェ『夜猫(イット)』にも現れた。ジャスのお気に入りのテーブルに陣取り、ジャスの本を勝手に読んでいる。十二、三に見えるティコ相手に、大人気ない応戦を交えながらも、ジャスはティコを自分の下宿へ泊める事となる。かれは月から来たのだという。そして、回転木馬に乗せて欲しいとジャスに言う。

回転木馬、懐かしい気持ちになりました。私が乗ったことのあるものは古式ゆかしいタイプではなくて、今の私の感覚からゆくと残念だけれども、真新しいようだったそれも、ただ回るだけなのに何ゆえあれほど乗りたいと思うのか、楽しいのか。やっぱり年を重ねてくると乗るのも気恥ずかしくなってくるものだし、他のものにも目が行くし、それでももう乗ることは出来ないのかな〜なんて思うと、少し淋しい気持ちになります。
それから、ココレット!これは飲みたい。読んでいて本当に飲みたくて仕方がなかったです。ショコラと珈琲と牛乳を三等分して温める。牛乳を上手く浮かべると、ショコラと珈琲の上で二層にもなる素敵飲み物。ラストのほうでは、ジャスがティコのために、ココレットの上に溶かしたマシュマロまで流し込んで渦巻きを作ってあげていて…これが飲みたいと思わずにいられません。長野さんの作品には、そういった口にしてみたい飲み物、食べ物が登場してきてそれも楽しみの一つです。
淋しさと、温かさ漂うお話は、冬の始まりのころという情景舞台にぴったりの物語でした。

月の船でゆく (光文社文庫)

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 左近の桜

左近の桜 長野まゆみ著

武蔵野の古屋敷。看板も軒行灯もなく、『左近』の古びた表札だけのその仕出し料理屋は表向き、その実は、ひとかどの男が世間体をそこねず遊楽にふけることのできる宿屋であった。世間をはばかる逢瀬のための宿屋。そこの長男・桜蔵。桜蔵はことあるごとに、あやしきもの、ことに巻き込まれてゆく。

侘びさびの匂いを漂わせながらも、ジェンダーレスな思想の持ち主が、桜蔵のこれまでに大いに影響を与えてきた大人たちとして登場します。その稼業もまたしかり。この夢とも現ともつかない雰囲気大好きです。ことごとく女と称される桜蔵のガールフレンド真也ちゃんも巻き込まれている章なんかは、怖さもまた一興。父・柾とのつかず離れず、けれども、その父としての影響力の見え隠れがとてもよくて。常客の浜尾からの影響というのもまた然り。なんといってもこの怪しい、妖しい雰囲気が読みごたえ充分でした。
桜蔵の弟・千菊の、どれほど卵が好きなのさ、みたいなほのかな笑いや、兄思いで涙もろい一面なんかにも癒されますし、忘れてならないのは、桜蔵が初めて連れてきた男でもある羽ノ浦です。彼の謎めきは、もっと知りたいところでありますし、活躍してほしいなんて思ってしまいます。それはどの登場人物にも言えることでしたが。シリーズ第一作ということで、今後も楽しみです。装画:望月通陽さん。

左近の桜

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 となりの姉妹

となりの姉妹 長野まゆみ著

となりの姉妹は古家屋に二人っきりで暮らしている。そうしてこの度二階を改築して間貸しにするのだそうだ。そんな隣のご事情をもたらしたのは、半年ほど姿をくらませていた兄だった。兄には妻も子供もいるけれど、いつもどこかへふらりと行ってしまう。そうして帰って来たかと思えば、何とも聞き手の困惑を無視した脈絡なさげな話を始める。お隣の改築の話だったかと思えば、鏡の供養の話へとすりかわる。昔は大層な潔癖で、神経質な少年であったのに、いつの間にやら風来者の兄は、町に古くからある酒屋《菊屋》の小母さんの葬儀を機に、めずらしくも頻繁に実家へ顔を出すようになった。そして《菊屋》の小母さんの残した、表書きと中身が違っている数々の品、どこにも合わない古鍵。その謎は、お隣の姉妹、逸子・咲也にも繋がっているようで、行き着く先を知っていそうな兄・立彦や、これもまた訳知り風のお隣の間借り人・初島さんから、寄せられる大まわりなヒントをもとに、佐保は、お隣の姉妹と謎を探してゆく。

どこに繋がっているのか?ととても先が気になりました。蛇が絡まるような石やら、鏡やら、次々とこの登場人物たちに関わりのあるのだろう物・事が出てきて、どんな編みこみ方で繋がるのか、そればかりが気になってしまいました。『となりの姉妹』とはいえ、活躍する殆どが、姉のイッコちゃんと佐保。そして兄の立彦です。登場人物の周りに揺蕩う謎は大いに楽しめました。が、長野さんの作品に、世界観というか空気感を求めて読んでしまうものですから、その辺は既読のものより少しばかり少なくて、そこだけは少し残念な気持ちでした。けれども、布や糸などの描写や、魅力的で是非とも口にしたいものだと思わせる食べ物の描写はもちろん織り込まれていて、そのあたりでうっとりとすることが出来ました。個人的にはイッコちゃんと立彦の阿吽の呼吸が感ぜられるような、そんなところがお気に入りでした。装画は鈴木貴子さん。中の頁いちまいいちまいにも、透かし模様が描かれています。

となりの姉妹

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 メルカトル

メルカトル 長野まゆみ著

地図収集館で働くリュスは、受付で働き始めたばかりの新米職員だ。救済院で育ったリュスは、十七歳のこの歳まで、生みの親の事については何一つ明らかになっていない。リュスの勤める地図収集館には色々な人たちが出入りする。毎朝開館と同時に電話を寄こし、手間のかかる蔵書検索の依頼をする〈お偉いかた〉。女優エルヴィラ・モンドと同じ名前をもつ女性。真っ黒な猫をつれた真珠色の髪をもつ困った少年。ある時、真珠色の髪をもつ少年が、リュスに一通の手紙を渡した。そこには一枚の地図と、その地図上のどこでも好きな場所をリュスの部屋として進呈するという内容が書かれた奇妙な書状が入っていた。多くを望まず、些細な平穏を求めるリュスの生活は、少しずつ奇妙な出来事が起こり始めた。

ミステリアスでした。こうかもしれないとは思っていても、次々と登場してくる魅力的な人物たちの奇妙な言動に、心地よく翻弄されながら読み進めることができました。暖色系の温かさが心に残ります。この感じがなんとも良いのです。
この『メルカトル』は、長野さんの中での設定では地図三部作の第一弾だそうです。先日読んだ『カルトローレ』が第二弾。これはやっぱり第三弾も期待してしまいます。とても楽しみです。

メルカトル

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