ロマンス小説の七日間
ロマンス小説の七日間 三浦しをん著
恋愛事に対しては、きらきらの夢見がちな勢いに乏しくって、そのわりにロマンス小説の翻訳を仕事にしているあかりは、突然仕事を辞めてきたり、下の階の住人の喧嘩を止めに三階から飛び降りたり、その他諸々突拍子もないような事を平気でする神名と付き合っている。英国中世騎士道ロマンス小説の翻訳締め切りが差し迫っているあかりの前に、父の骨折、馴染みの居酒屋『たんぽぽの汁』の飲み仲間まさみちゃんの動向&思考回路、神名の事なんていう、問題が湧き上がってきて、翻訳していた筈のロマンス小説は、創作の域に達していき―のようなお話。大まかに、ロマンス小説パートが七章分。あかりの日常パートが七日分。
あかりが、メインである騎士ウォリックよりも、友人でちょっと渋い感じのシャンドスに注目しちゃう感じなんかは分かるなぁと。主人公よりも気になる脇役って結構いますよね。けれども、ウォリックも私としては結構良かったので「あかり、それはないよ…」と思ったりもしましたが、創作編の完結は良かったななんて、そちらはそちらで楽しめるそんな感じです。神名と二人、熟年夫婦のようにゆる〜い感じに過ごすあかりが、小出しにする嫉妬や、不満、その後の爆発。それから仲直りなんかも、らしくって、なんというか、やわらかい感じに読み終えられました。
著者の小説を読むのはこれで三冊目。既読の二冊に比べると、テンポ的に読みやすかったです。どことなくコミックっぽい感じのせいかな〜と思います。が、特に内容がコミックな感じなのでもなく、なんとなくなのですけど…。私の中での『三浦しをんの次に読む本リスト』は別のものだったのだけれど、こちらが先に手に入ったのでこちらから…と言う具合に、この『ロマンス小説の七日間』をちょっと遠巻きにしていたのは、これがはっきりと恋愛小説と銘打っていたからな訳です。恋愛要素がちょいちょい入っている様なものだと構えなく読めるのだけれど、恋愛小説と掲げられると引け腰になるのは何故なのか…。
恋愛事に対しては、きらきらの夢見がちな勢いに乏しくって、そのわりにロマンス小説の翻訳を仕事にしているあかりは、突然仕事を辞めてきたり、下の階の住人の喧嘩を止めに三階から飛び降りたり、その他諸々突拍子もないような事を平気でする神名と付き合っている。英国中世騎士道ロマンス小説の翻訳締め切りが差し迫っているあかりの前に、父の骨折、馴染みの居酒屋『たんぽぽの汁』の飲み仲間まさみちゃんの動向&思考回路、神名の事なんていう、問題が湧き上がってきて、翻訳していた筈のロマンス小説は、創作の域に達していき―のようなお話。大まかに、ロマンス小説パートが七章分。あかりの日常パートが七日分。
あかりが、メインである騎士ウォリックよりも、友人でちょっと渋い感じのシャンドスに注目しちゃう感じなんかは分かるなぁと。主人公よりも気になる脇役って結構いますよね。けれども、ウォリックも私としては結構良かったので「あかり、それはないよ…」と思ったりもしましたが、創作編の完結は良かったななんて、そちらはそちらで楽しめるそんな感じです。神名と二人、熟年夫婦のようにゆる〜い感じに過ごすあかりが、小出しにする嫉妬や、不満、その後の爆発。それから仲直りなんかも、らしくって、なんというか、やわらかい感じに読み終えられました。
著者の小説を読むのはこれで三冊目。既読の二冊に比べると、テンポ的に読みやすかったです。どことなくコミックっぽい感じのせいかな〜と思います。が、特に内容がコミックな感じなのでもなく、なんとなくなのですけど…。私の中での『三浦しをんの次に読む本リスト』は別のものだったのだけれど、こちらが先に手に入ったのでこちらから…と言う具合に、この『ロマンス小説の七日間』をちょっと遠巻きにしていたのは、これがはっきりと恋愛小説と銘打っていたからな訳です。恋愛要素がちょいちょい入っている様なものだと構えなく読めるのだけれど、恋愛小説と掲げられると引け腰になるのは何故なのか…。
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秘密の花園
秘密の花園 三浦しをん著
秘密とくれば、花園なわけであります。
女子高という閉鎖的な場所を舞台に、三人の少女の、三篇の物語が綴られています。
女子高というだけでは、閉鎖感に甘さがあるから、カトリック系で、丘の上の広大な敷地に校舎が建てられていて、しかも、お金持ちのお嬢さん方が大多数を占める場所なわけです。多少の色味の違いこそあれ、学校なんて場所は、大概閉鎖的なものを含んでいるのだけれど。カトリック系というだけあって、キリスト、ユダ、なんかの名前も登場して、ノアの箱舟や、パンドラの箱について考えてしまいます。
『洪水のあとに』の主人公那由多は、私的には好きな要素を持っていて、話の感じも割りと好きな方向ではあるのだけど、三篇の中では、一番読みにくかった印象。なので、少し残念でした。きっと、彼女や、彼女の置かれた状況、内面なんてものではなくて、線路だったり、河だったりが馴染めなかったのかもしれないです。
とはいえ、次の『地下を照らす光』では、主人公の淑子が苦手なタイプでした。盲目的に国語教師を愛していて、相手に不快を与えないように、自分を演じるのです。だけど、この話が、打って変わって読みやすい。どんどん進んで行けて、そういう意味では爽快です。
そして、最後の『廃園の花守は唄う』は、主人公の翠も、話も好きだったし、読みやすさも文句なし。終わりよければ、全て良し。感情表現が不足がちで、冷めた印象の翠が、かわいらしくも感じられました。
一人でいても、誰かといても、納得がいかない。壊したいのか、守りたいのか、分からない。女であることに、気味の悪さを覚える瞬間。そんなことは、あったり、なかったり、やっぱりあったり、人によっても違うだろうけど、無い方が幸せに近づく確率が高いよなぁとも思います。
三浦しをんを読むのはこれで二作目なわけだけれど、以前に読んだ『月魚』
が良かったので本書も買ったわけです。どっちが好きかと言えば、透明度からいって『月魚』でした。
秘密とくれば、花園なわけであります。
女子高という閉鎖的な場所を舞台に、三人の少女の、三篇の物語が綴られています。
女子高というだけでは、閉鎖感に甘さがあるから、カトリック系で、丘の上の広大な敷地に校舎が建てられていて、しかも、お金持ちのお嬢さん方が大多数を占める場所なわけです。多少の色味の違いこそあれ、学校なんて場所は、大概閉鎖的なものを含んでいるのだけれど。カトリック系というだけあって、キリスト、ユダ、なんかの名前も登場して、ノアの箱舟や、パンドラの箱について考えてしまいます。
『洪水のあとに』の主人公那由多は、私的には好きな要素を持っていて、話の感じも割りと好きな方向ではあるのだけど、三篇の中では、一番読みにくかった印象。なので、少し残念でした。きっと、彼女や、彼女の置かれた状況、内面なんてものではなくて、線路だったり、河だったりが馴染めなかったのかもしれないです。
とはいえ、次の『地下を照らす光』では、主人公の淑子が苦手なタイプでした。盲目的に国語教師を愛していて、相手に不快を与えないように、自分を演じるのです。だけど、この話が、打って変わって読みやすい。どんどん進んで行けて、そういう意味では爽快です。
そして、最後の『廃園の花守は唄う』は、主人公の翠も、話も好きだったし、読みやすさも文句なし。終わりよければ、全て良し。感情表現が不足がちで、冷めた印象の翠が、かわいらしくも感じられました。
一人でいても、誰かといても、納得がいかない。壊したいのか、守りたいのか、分からない。女であることに、気味の悪さを覚える瞬間。そんなことは、あったり、なかったり、やっぱりあったり、人によっても違うだろうけど、無い方が幸せに近づく確率が高いよなぁとも思います。
三浦しをんを読むのはこれで二作目なわけだけれど、以前に読んだ『月魚』
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