或る「小倉日記」伝

或る「小倉日記」伝 松本清張著

『或る「小倉日記」伝/父系の指/菊枕/笛壷/石の骨/断碑』の六篇。
芥川賞受賞作でもある『或る「小倉日記」伝』と『菊枕』は、大変おもしろく読むことが出来ました。

紛失してしまった森鴎外の小倉滞在中の日記。その小倉での生活ぶりをかき集め作と成そうと努力する田上耕作は、生まれてより体を患い、片足を引きずり、呂律もままならぬ青年です。その彼が見つけた目標、それを応援する母・ふじの心情。歩けば人が振り返る風貌である耕作と、懇意に付き合う友人のあること。彼の見た目よりは測れない知性を感じ取る医師。もう先が見えぬというところに舞い込む、故人の情報その繋がり、病が進行しようとも、志を捨てない耕作。その邁進振りには勇気を貰うことが出来る『或る「小倉日記」伝』。

美貌のぬいが、三岡圭助と夫婦になったのは、ひとえに美校出というのがあった。中学校の絵画の教師などをしながら暮らす圭助に、何度となく、絵を描くことをせっつくぬいは、いよいよ数年後には、もう圭助に希望を持たなくなります。そして自らが俳句をやると宣言するのです。そののめりこみようといったら、言い尽くせぬほどで、これくらいの心意気でなければ良作は生まれないのかしらん、などと思うほど。ぬいの奔放さ、勝手さが生き生きと描かれていて、そこが『菊枕』のおもしろかったところの一つです。

どちらの作品も、というか全体的に、最後は哀愁を感じさせる読後感でした。もの悲しくなってしまう。特に猪突猛進な主人公というのは、どの作品にも登場していて、耕作とぬいが同じく一途であるのに、まったく別ものに映るのと同様、他の作品に登場する猪突猛進の主人公達もそれぞれです。その中で、『或る「小倉日記」伝』と『菊枕』がとくによいなと思ったのは、耕作には鼻にかける部分が無かったことと、ぬいが女性であって、しかも最後の時までがああであったというのが、あるのかも知れません。
人目をはばからぬ熱心さとか、振る舞いとか、似たものを多く含んだ人達が主人公として登場してくる短篇集。ゆえにこゆい。今日はこの一話と、分けながら読むのもひとつの手ではないでしょうか。美しいカバーデザインは片岡忠彦さん。

或る「小倉日記」伝 (角川文庫―リバイバルコレクション)

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 陰日向に咲く

陰日向に咲く 劇団ひとり著

仕事にまみれ殺伐と日々を過ごす男が、自由を求め、その形を求め、行き着いた答えがホームレス。ホームレスに憧れ、衣装を用意し、公園に寝泊りを始め、コンビニのゴミ箱を漁る。少し残った自尊心を恥と思い、もっとホームレスらしくと過ごす中で、男は残飯漁りの最中に一人の青年とであう−『道草』から始まる連作短篇集。

どのお話も、温か味の残る読後感を与えてくれました。時に小気味な笑みをこぼさせ、時に笑いを誘い、時にきゅんと胸を締め付ける。そんなお話の集まりでした。私の好きな形態の一つである連作短篇というのも、いい感じに読み進められた要因かもしれません。
特に一話目の『道草』のラストの展開の小気味のよさや、『Overrun』のきゅんほろり感、どのお話もラストがとてもすとんと心に落ちてくる感じでした。劇団ひとりさんが、また小説を書いたら読んでみたいなと思ってしまうそんな一冊でした。
映画の方は一体どんなだったのかな〜と少し気になります。

陰日向に咲く (幻冬舎文庫 け 3-1)

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 明治開化 安吾捕物帖

明治開化 安吾捕物帖 坂口安吾著

眉目秀麗、洋行帰りの探偵・結城新十郎。それを取り巻く剣術使いの泉山虎之介と、劇作家・花酒屋因果。警察からも、世からも信頼を集める新十郎は、事件のごとにお呼びがかかる。その後を追い、連れ立ちながらも、我こそ心眼ありと誇示したがる虎之介と因果の様子と、新十郎の気にも留めない様子が、死人の出るお話をやわらかくしてくれます。心眼ありとしたいが為に、海舟の元へ赴き助言を仰ぐ虎之介。その海舟の推理振りは、安楽椅子探偵には及ばない、大方外れが多く、そしてたとえ外れていようとも、なにかしら負け惜しみとも、言い訳ともとれる納得事を言う海舟と、それを謹聴する虎之介という図で事件は幕をおろします。

筆者口上にあるように、各話の全体を締めるほとんどが、事件の流れ、状況、その説明でなっていますが、そこが一番面白い。特に、車夫が頼まれた行李を受け取り、欲に駆られて中身を見ればそこには死体の『ああ無情』。身分違いと半ば諦めていた家へと嫁いで見ると、そこの奥様、お嬢様は公的万引常習犯であった『万引一家』。気が弱い故に悪に巻き込まれ、逃れられたかと思うとまた苦労する男の『時計館の秘密』。後継ぎとなる風守は郷里でも東京でも、まるで隔離されたようであり、風守に関することは家内ではタブーであることを、不思議に思い始める光子は、風守唯一の友に様子を尋ね、得心のゆかぬ答えを耳にする『覆面屋敷』。あたりが、好みのものでした。
『舞踏会殺人事件/密室大犯罪/ああ無情/万引一家/血を見る真珠/石の下/時計館の秘密/覆面屋敷』の八篇+読者への口上。カバーデザイン・片岡忠彦さん。

明治開化  安吾捕物帖 (角川文庫 さ 2-5)

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 パンドラの匣

パンドラの匣 太宰治著

十六の春から『僕』がつけ始めた日記形式をとった『正義と微笑』。日記の筆者進の、若さ特有の鼻っ柱の強さや、その傲慢さ、それを人格的であろうと打ち消す謙虚さ。有頂天から地を這うような心持ち、そのドライブ感が、すいすいと読ませてくれて、とても良かったです。面白い。進の兄もまた、どことなく頼りなげなところがまた好きでした。仲が良いのにその対照ぶりなんかも。その日による日記の長短、それから明日へと話を繰り越したりなど、まさに日記の体をとっているところが、なおさら引き込まれました。

『正義と微笑』の思春期真っ只中のカオス状態より、幾分大人びた思春期を味わわせてくれたのが『パンドラの匣』。こちらは健康道場という療養所から、療養中の『ひばり』と渾名される彼が、友人へと送る書簡形式になっています。これは文中にも出てくる『かるみ』を思わせる、爽やかな後味でした。そよ風がさらりと吹き抜けてゆくようなそんな読後感。『パンドラの匣』というタイトルから勝手に想像していた重々しさからは離れたものでした。パンドラの匣の中に残っていた一欠けの希望に根ざしたお話。どちらも、青春小説のこの浮き沈みの苦悩が全面でとても好きな一冊です。

パンドラの匣 (新潮文庫)

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 芋虫

芋虫 江戸川乱歩ベストセレクション2 江戸川乱歩著

癈兵となって戻った夫を、甲斐甲斐しく世話をする時子。はじめこそ、皆が慰め褒め称えるにあたいする心持ちであった時子は、今では、その言葉を聞かされるほどに不可思議な心持ちになる自分に気がついていた。手足もなく、耳も聞こえず、話すことも出来ない。そんな夫の物言う目。それだけが、時子には愛しくも疎ましく感じるのだった−『芋虫』
彦太郎は勤め先の木綿問屋をしくじった。その理由は、彦太郎の度重なる夢遊病。夜な夜な歩き回る癖が再発していた彦太郎は、行く先々で、歩き回るばかりではなく、物を持ってきてしまうこともしばしばあった。そうして、五十を越した父の厄介になる彦太郎は、自らと、父への怒りの渦に巻き込まれていく。そんな折、父が撲殺された−『夢遊病者の死』

日々を、滔々と送る人たちが迷い込む怪奇・幻想の先、その狂気のさまがありありと描かれています。そこがまたおもしろくて、上にあげた『芋虫』『夢遊病者の死』の他にも掌編『指』は怪しいもの悲しさを感じさせられますし、『白昼夢』も好きな作品でした。『踊る一寸法師』のグロテスクさと、人の怖さ、『双生児−ある死刑囚が教誨師にうちあけた話−』のその内容に反した物静かな語り口調の恐ろしさ、作り上げられた『赤い部屋』の中での狂演。『人でなしの恋』は素直に好きな作品でした。装画:田島昭宇さん。
『芋虫/指/火星の運河/白昼夢/踊る一寸法師/夢遊病者の死/双生児−ある死刑囚が教誨師にうちあけた話−/赤い部屋/人でなしの恋』の九篇。


芋虫  江戸川乱歩ベストセレクション2 (角川ホラー文庫 え 1-2 江戸川乱歩ベストセレクション 2)

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