好き好き大好き超愛してる。
好き好き大好き超愛してる。 舞城王太郎著
『愛は祈りだ。僕は祈る。〜』から始まる本作。ものすごく蒼天を思い描いてしまうくらい、清々しいで出しだなぁなんて感じで読み始めました。けれども、そこはそれ。舞城であるから、僕は手足と節を持ったゾウ虫に似ているけれどもゾウ虫とは違う昆虫を、医師から見せられる。なんて流れになる。そしてその昆虫・ASMAは智依子の体の中に寄生している。という具合に急転、渦に放り込んでくれます。SF的幻想グロテスクバイオレンスエピソードが織り交ぜられたお話と交互に、恋人である柿緒を病で亡くした小説家の治が、愛の形、その意識的、無意識的な表出の形や、表されるもの、表さないもの、表れないものの中に表れるもの、を柿緒との記憶と、生きていて小説を書いている自分という過去含め現在の自分として、特別でないただ普通の日常の一つを意識されながら描かれています。かどうかは分からないけれども、私はそう思いました。何気ない日常の一つ一つの中で、注意の払われた度合い、個人のそれに傾ける比重で、付加される意味合いが変わってくるけれども、そのどれもの事柄が出来事としてのみ見るならば等価であるなんて事を言われると、幸も不幸も自分の心向き一つかななんて思えてきます。
治のストーリーの合間合間のお話も、一つ一つが面白くて、大変好みでした。『好き好き大好き超愛してる。』っていう一つの物語ではあるのだけれど、短篇集も一緒に読めたみたいな満足感があって、長編も読み応えがあるのだけれど、短篇も大いに好きな私としては何だか得したみたいな嬉しいようなそんな気持ちになりました。これまで読んだ舞城作品の中では一番好きかもしれない一冊です。シンプルに率直な感じで。舞城本ではミステリ要素が含まれていないものの方が、私には読みやすいし、好みなのかもしれないなとあらためて思いました。
ラブリーキュートなピンクい装丁の装画は舞城さん。中表紙の光沢もまた嬉しいです。けれどもこちらの文庫『好き好き大好き〜』は、単行本『好き好き大好き〜』に併録されていたものが収録されてはいないです。単行本の方は未読なのでそれがとても残念だけれど、未収録作ばんばん併せて短篇集になる時を楽しみにしています。今月末には最新刊もでるということ。
『愛は祈りだ。僕は祈る。〜』から始まる本作。ものすごく蒼天を思い描いてしまうくらい、清々しいで出しだなぁなんて感じで読み始めました。けれども、そこはそれ。舞城であるから、僕は手足と節を持ったゾウ虫に似ているけれどもゾウ虫とは違う昆虫を、医師から見せられる。なんて流れになる。そしてその昆虫・ASMAは智依子の体の中に寄生している。という具合に急転、渦に放り込んでくれます。SF的幻想グロテスクバイオレンスエピソードが織り交ぜられたお話と交互に、恋人である柿緒を病で亡くした小説家の治が、愛の形、その意識的、無意識的な表出の形や、表されるもの、表さないもの、表れないものの中に表れるもの、を柿緒との記憶と、生きていて小説を書いている自分という過去含め現在の自分として、特別でないただ普通の日常の一つを意識されながら描かれています。かどうかは分からないけれども、私はそう思いました。何気ない日常の一つ一つの中で、注意の払われた度合い、個人のそれに傾ける比重で、付加される意味合いが変わってくるけれども、そのどれもの事柄が出来事としてのみ見るならば等価であるなんて事を言われると、幸も不幸も自分の心向き一つかななんて思えてきます。
治のストーリーの合間合間のお話も、一つ一つが面白くて、大変好みでした。『好き好き大好き超愛してる。』っていう一つの物語ではあるのだけれど、短篇集も一緒に読めたみたいな満足感があって、長編も読み応えがあるのだけれど、短篇も大いに好きな私としては何だか得したみたいな嬉しいようなそんな気持ちになりました。これまで読んだ舞城作品の中では一番好きかもしれない一冊です。シンプルに率直な感じで。舞城本ではミステリ要素が含まれていないものの方が、私には読みやすいし、好みなのかもしれないなとあらためて思いました。
ラブリーキュートなピンクい装丁の装画は舞城さん。中表紙の光沢もまた嬉しいです。けれどもこちらの文庫『好き好き大好き〜』は、単行本『好き好き大好き〜』に併録されていたものが収録されてはいないです。単行本の方は未読なのでそれがとても残念だけれど、未収録作ばんばん併せて短篇集になる時を楽しみにしています。今月末には最新刊もでるということ。
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晩夏に捧ぐ
晩夏に捧ぐ−成風堂書店事件メモ(出張編) 大崎梢著
成風堂の杏子の元に、元同僚・有田美保から、一通の手紙が届く。美保の勤める老舗書店《まるう堂》こと《宇都木堂書店》では、現在幽霊騒ぎが持ち上がっているということであった。大変な事態に追い込まれた《まるう堂》を救うべく、杏子の同僚バイトの多絵を伴って来るようにと緊急要請であった。取り合う気持ちのわかなかった杏子の元に、翌日二通目の手紙が届く。そこには、幽霊の正体は二十七年前に起きた殺人事件に絡んでいるとあり―困惑拭い去れない杏子をよそに多絵は乗り気で、老舗書店の見学という誘惑と共に杏子と多絵は二人長野へと向かった。
『配達あかずきん』に続く、成風堂シリーズです。こちらは長編ということで、一つの謎に向けてじっくりと、という感じだったのですが、読んでいて杏子以上にやきもき致しました。中ほどあたりがゆる〜く流れていくのだけれど、その辺がもっともやきもき感に襲われて、杏子じゃなくても、キュっとね、多絵ちゃんの首を軽くやってやろうかしら?なんて思うやきもきぶり。
あの中ほどあたりのゆるやかぶりをぎゅっと凝縮して、才能を認めるがゆえに喜多山先生が、小松秋郎のパンドラの箱を抉じ開けようとする様子や、それを開くに至らない小島秋郎。《幻の原稿》が執筆される事になった流れ、閉じ込めながらもそのパンドラの箱を抱えきれずにもがく秋郎の苦悩なんてものに割かれていたら、私としては尚更楽しめたなぁと思います。せっかくの長編なのですし。謎、事件の大元として重要だと思うのだけど、すごくあっさり描かれていた気がして、あのやきもき感の分こっちだったらなぁなんて思うのは贅沢でしょうか。けどやっぱり、あんまりどろどろとしていたら、大崎さんの書かれる、ほろ苦ほのぼのに合わないよななんて思いました。杏子と多絵ちゃん健在の活躍でした。それにしても多絵ちゃんが杏子に探してもらった本って何だったのかが気になります。バーネットの『秘密の花園』かしら?なんて思うけど、これから明かされる時がくるのかまた楽しみです。
成風堂の杏子の元に、元同僚・有田美保から、一通の手紙が届く。美保の勤める老舗書店《まるう堂》こと《宇都木堂書店》では、現在幽霊騒ぎが持ち上がっているということであった。大変な事態に追い込まれた《まるう堂》を救うべく、杏子の同僚バイトの多絵を伴って来るようにと緊急要請であった。取り合う気持ちのわかなかった杏子の元に、翌日二通目の手紙が届く。そこには、幽霊の正体は二十七年前に起きた殺人事件に絡んでいるとあり―困惑拭い去れない杏子をよそに多絵は乗り気で、老舗書店の見学という誘惑と共に杏子と多絵は二人長野へと向かった。
『配達あかずきん』に続く、成風堂シリーズです。こちらは長編ということで、一つの謎に向けてじっくりと、という感じだったのですが、読んでいて杏子以上にやきもき致しました。中ほどあたりがゆる〜く流れていくのだけれど、その辺がもっともやきもき感に襲われて、杏子じゃなくても、キュっとね、多絵ちゃんの首を軽くやってやろうかしら?なんて思うやきもきぶり。
あの中ほどあたりのゆるやかぶりをぎゅっと凝縮して、才能を認めるがゆえに喜多山先生が、小松秋郎のパンドラの箱を抉じ開けようとする様子や、それを開くに至らない小島秋郎。《幻の原稿》が執筆される事になった流れ、閉じ込めながらもそのパンドラの箱を抱えきれずにもがく秋郎の苦悩なんてものに割かれていたら、私としては尚更楽しめたなぁと思います。せっかくの長編なのですし。謎、事件の大元として重要だと思うのだけど、すごくあっさり描かれていた気がして、あのやきもき感の分こっちだったらなぁなんて思うのは贅沢でしょうか。けどやっぱり、あんまりどろどろとしていたら、大崎さんの書かれる、ほろ苦ほのぼのに合わないよななんて思いました。杏子と多絵ちゃん健在の活躍でした。それにしても多絵ちゃんが杏子に探してもらった本って何だったのかが気になります。バーネットの『秘密の花園』かしら?なんて思うけど、これから明かされる時がくるのかまた楽しみです。
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となりの姉妹
となりの姉妹 長野まゆみ著
となりの姉妹は古家屋に二人っきりで暮らしている。そうしてこの度二階を改築して間貸しにするのだそうだ。そんな隣のご事情をもたらしたのは、半年ほど姿をくらませていた兄だった。兄には妻も子供もいるけれど、いつもどこかへふらりと行ってしまう。そうして帰って来たかと思えば、何とも聞き手の困惑を無視した脈絡なさげな話を始める。お隣の改築の話だったかと思えば、鏡の供養の話へとすりかわる。昔は大層な潔癖で、神経質な少年であったのに、いつの間にやら風来者の兄は、町に古くからある酒屋《菊屋》の小母さんの葬儀を機に、めずらしくも頻繁に実家へ顔を出すようになった。そして《菊屋》の小母さんの残した、表書きと中身が違っている数々の品、どこにも合わない古鍵。その謎は、お隣の姉妹、逸子・咲也にも繋がっているようで、行き着く先を知っていそうな兄・立彦や、これもまた訳知り風のお隣の間借り人・初島さんから、寄せられる大まわりなヒントをもとに、佐保は、お隣の姉妹と謎を探してゆく。
どこに繋がっているのか?ととても先が気になりました。蛇が絡まるような石やら、鏡やら、次々とこの登場人物たちに関わりのあるのだろう物・事が出てきて、どんな編みこみ方で繋がるのか、そればかりが気になってしまいました。『となりの姉妹』とはいえ、活躍する殆どが、姉のイッコちゃんと佐保。そして兄の立彦です。登場人物の周りに揺蕩う謎は大いに楽しめました。が、長野さんの作品に、世界観というか空気感を求めて読んでしまうものですから、その辺は既読のものより少しばかり少なくて、そこだけは少し残念な気持ちでした。けれども、布や糸などの描写や、魅力的で是非とも口にしたいものだと思わせる食べ物の描写はもちろん織り込まれていて、そのあたりでうっとりとすることが出来ました。個人的にはイッコちゃんと立彦の阿吽の呼吸が感ぜられるような、そんなところがお気に入りでした。装画は鈴木貴子さん。中の頁いちまいいちまいにも、透かし模様が描かれています。
となりの姉妹は古家屋に二人っきりで暮らしている。そうしてこの度二階を改築して間貸しにするのだそうだ。そんな隣のご事情をもたらしたのは、半年ほど姿をくらませていた兄だった。兄には妻も子供もいるけれど、いつもどこかへふらりと行ってしまう。そうして帰って来たかと思えば、何とも聞き手の困惑を無視した脈絡なさげな話を始める。お隣の改築の話だったかと思えば、鏡の供養の話へとすりかわる。昔は大層な潔癖で、神経質な少年であったのに、いつの間にやら風来者の兄は、町に古くからある酒屋《菊屋》の小母さんの葬儀を機に、めずらしくも頻繁に実家へ顔を出すようになった。そして《菊屋》の小母さんの残した、表書きと中身が違っている数々の品、どこにも合わない古鍵。その謎は、お隣の姉妹、逸子・咲也にも繋がっているようで、行き着く先を知っていそうな兄・立彦や、これもまた訳知り風のお隣の間借り人・初島さんから、寄せられる大まわりなヒントをもとに、佐保は、お隣の姉妹と謎を探してゆく。
どこに繋がっているのか?ととても先が気になりました。蛇が絡まるような石やら、鏡やら、次々とこの登場人物たちに関わりのあるのだろう物・事が出てきて、どんな編みこみ方で繋がるのか、そればかりが気になってしまいました。『となりの姉妹』とはいえ、活躍する殆どが、姉のイッコちゃんと佐保。そして兄の立彦です。登場人物の周りに揺蕩う謎は大いに楽しめました。が、長野さんの作品に、世界観というか空気感を求めて読んでしまうものですから、その辺は既読のものより少しばかり少なくて、そこだけは少し残念な気持ちでした。けれども、布や糸などの描写や、魅力的で是非とも口にしたいものだと思わせる食べ物の描写はもちろん織り込まれていて、そのあたりでうっとりとすることが出来ました。個人的にはイッコちゃんと立彦の阿吽の呼吸が感ぜられるような、そんなところがお気に入りでした。装画は鈴木貴子さん。中の頁いちまいいちまいにも、透かし模様が描かれています。
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人間失格
人間失格 太宰治著
『私は、その男の写真を三葉、見たことがある』から始まる、《はしがき》。それは幼年期、青年期、それから白髪ではあるがもう年の頃が分からない一人の男の写真であって、どれもが見たことも無い不思議な表情をしている。この《はしがき》を読み始めた時点でもう、これから語り出すだろう男・葉蔵に始終付きまとい続ける侘しさを予感させられるのです。幾度も読んでいてなお予感するという感じ方は奇妙であるけれど、やっぱりこの《はしがき》部分を読むと、侘しさというには単純すぎるあらゆる予感が呼び起こされます。
続く《第一の手記》の『恥の多い生涯を送って来ました』は、あまりにも印象的です。そしてここで語られる幼少期には、もの悲しさを増幅させられました。人間であること、人間の営み、自分以外の人の発する言葉、その意図、それらに疑問をもって、分からなくって、思い巡らせるほどに不安と恐怖が押し寄せる。皆は一体どうしているのか、どう思っているのか、まったく見当もつかないものだから、積み重なる不安や恐怖自体のことも、その種となる様々な分からない事も、誰にも打ち明ける事も出来ずに、道化となる自分を生み出してしまいます。この道化を演じ始めた葉蔵を痛々しい思いで見つめてしまいます。
道化が尚更板についてきた頃《第二の手記》では、背後から突き刺されるような出来事に出会います。道化を演じ損ねることはあるまいと思い始めた頃、特に警戒をしていなかった一人・竹一に道化を見抜かれてしまうのでした。自分は道化であるということを取り繕おうとする葉蔵。そんな向きで一心に竹一と接していた葉蔵が、竹一だけには、通常皆に見せる絵とは違った手法の、陰惨な絵を見せる様子には、まだ救われるのではないか、上手く折をつけてやれるのではないかと、読んでいて少しの希望を抱いてしまいます。
けれども東京へ出、画学生・堀木正雄と出合ってのちは、持ち前の恐怖心から否を唱える術を持たない葉蔵は、流されるまま落下していきます。堀木の持ついい加減さもさることながら、弱さを過剰演出する術を使い始めた葉蔵の卑怯な一面も見られます。この卑怯な一面と、《第二の手記》前半の地元での様子。道化は誰にも知れないだろうと僅かな驕りを見せる場面。このどちらもが失敗に終わるのだけれど、道化を演じるだけでなく、こうした一面を見せられて、人間臭さを充分に嗅ぐ事が出来ます。持ち前の恐怖しかり、人間らしさを道化という仮面以外、例えばあからさまな偽善、道理も理解出来ぬままの妥協なんていう仮面を被る事が出来ない姿、それを紡ぐと人間失格となってしまうのだななどと、しんみり重く心にのしかかってきます。
その有様が綴られる《第三の手記》。駆られるように、悪いと思う方へ積極的に傾いていく日々。蜘蛛の糸に縋るように、純真なものを信じ平安を掴もうとする時期。それさえ叶わず泥のように溺れていく様。真に救いの手だと涙するけれど、それすら裏切られていたのだと感ずる葉蔵。『ただ、一さいは過ぎていきます』という二十七になる葉蔵は、白髪のせいで大抵四十以上に見られます。ただ、一さいは過ぎていく。過ぎていくけれども、それでも全ては繋がった先にあるのだなぁと思わずにはいられません。葉蔵のように劇的な出来事はなくても、閉塞感、焦燥感、侘しさなどは、とても共感してしまいます。とろみのある微温湯が押し寄せて、取り囲んで、逃れられなくて窒息してしまうような読後感という感じでしょうか。けれども、また読んでしまうんだろうなぁという好き小説です。
ピンクい方は期間限定カバーだそうです。持っているのは右でございます。
『私は、その男の写真を三葉、見たことがある』から始まる、《はしがき》。それは幼年期、青年期、それから白髪ではあるがもう年の頃が分からない一人の男の写真であって、どれもが見たことも無い不思議な表情をしている。この《はしがき》を読み始めた時点でもう、これから語り出すだろう男・葉蔵に始終付きまとい続ける侘しさを予感させられるのです。幾度も読んでいてなお予感するという感じ方は奇妙であるけれど、やっぱりこの《はしがき》部分を読むと、侘しさというには単純すぎるあらゆる予感が呼び起こされます。
続く《第一の手記》の『恥の多い生涯を送って来ました』は、あまりにも印象的です。そしてここで語られる幼少期には、もの悲しさを増幅させられました。人間であること、人間の営み、自分以外の人の発する言葉、その意図、それらに疑問をもって、分からなくって、思い巡らせるほどに不安と恐怖が押し寄せる。皆は一体どうしているのか、どう思っているのか、まったく見当もつかないものだから、積み重なる不安や恐怖自体のことも、その種となる様々な分からない事も、誰にも打ち明ける事も出来ずに、道化となる自分を生み出してしまいます。この道化を演じ始めた葉蔵を痛々しい思いで見つめてしまいます。
道化が尚更板についてきた頃《第二の手記》では、背後から突き刺されるような出来事に出会います。道化を演じ損ねることはあるまいと思い始めた頃、特に警戒をしていなかった一人・竹一に道化を見抜かれてしまうのでした。自分は道化であるということを取り繕おうとする葉蔵。そんな向きで一心に竹一と接していた葉蔵が、竹一だけには、通常皆に見せる絵とは違った手法の、陰惨な絵を見せる様子には、まだ救われるのではないか、上手く折をつけてやれるのではないかと、読んでいて少しの希望を抱いてしまいます。
けれども東京へ出、画学生・堀木正雄と出合ってのちは、持ち前の恐怖心から否を唱える術を持たない葉蔵は、流されるまま落下していきます。堀木の持ついい加減さもさることながら、弱さを過剰演出する術を使い始めた葉蔵の卑怯な一面も見られます。この卑怯な一面と、《第二の手記》前半の地元での様子。道化は誰にも知れないだろうと僅かな驕りを見せる場面。このどちらもが失敗に終わるのだけれど、道化を演じるだけでなく、こうした一面を見せられて、人間臭さを充分に嗅ぐ事が出来ます。持ち前の恐怖しかり、人間らしさを道化という仮面以外、例えばあからさまな偽善、道理も理解出来ぬままの妥協なんていう仮面を被る事が出来ない姿、それを紡ぐと人間失格となってしまうのだななどと、しんみり重く心にのしかかってきます。
その有様が綴られる《第三の手記》。駆られるように、悪いと思う方へ積極的に傾いていく日々。蜘蛛の糸に縋るように、純真なものを信じ平安を掴もうとする時期。それさえ叶わず泥のように溺れていく様。真に救いの手だと涙するけれど、それすら裏切られていたのだと感ずる葉蔵。『ただ、一さいは過ぎていきます』という二十七になる葉蔵は、白髪のせいで大抵四十以上に見られます。ただ、一さいは過ぎていく。過ぎていくけれども、それでも全ては繋がった先にあるのだなぁと思わずにはいられません。葉蔵のように劇的な出来事はなくても、閉塞感、焦燥感、侘しさなどは、とても共感してしまいます。とろみのある微温湯が押し寄せて、取り囲んで、逃れられなくて窒息してしまうような読後感という感じでしょうか。けれども、また読んでしまうんだろうなぁという好き小説です。
ピンクい方は期間限定カバーだそうです。持っているのは右でございます。
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移動動物園
移動動物園 佐藤泰志著
栗鼠と仔兎とモルモット、アヒルとインコと山羊のポゥリイ。よい子のために幼稚園を回る移動動物園。達夫はそこで飼育係をしていた。マイクロバスと動物たちの小屋を置いている恋ヶ窪駅側の空き地は、来年の夏には立ち退かなくてはならない。移動動物園の園長は、学習雑誌社やデパートの愛玩動物売り場と提携して、何日も何ヶ月も転々と全国を回ることを夢として、熱心だった。達夫はそんなことは真っ平御免で、きっとポゥリイもそうだろうと思う。一羽のインコに言葉を教えるのは道子だった。道子は達夫より三つだけ年上で、達夫を何かと坊やとからかうのである。移動動物園に顔を出す青木は、左耳だけが七十歳、タイヤの爆発のせいだった。青木は通りで仔兎を売るのを生業としていて、移動動物園で生まれる仔兎を買っていっていた。ポゥリイはいつも穏やかで、アヒルは水に浸かっている。インコは覚えたての言葉を話し、夏の最中で一匹の兎が子供を産んだ。道夫は皮膚病に罹った栗鼠に赤チンを塗りたくる。きっと秋には治るだろう。よい子のための移動動物園。子供の手に余るような動物は不要である。
タイトルから勝手に想像していた雰囲気とは大分違っていて、面食らいました。けれども、先日読んだ『大きなハードルと小さなハードル』の著者だったと思い返して、納得です。『移動動物園』という物語のなかの、真夏の熱気が湿気をともなって伝わってきます。むせ返る草の臭いが始終付きまとうようでした。登場する人物たちの、密着しすぎない距離感が好きです。表面的には薄情なくらいかもしれないけれど、リアリティが感じられるところが好みです。けれども『移動動物園』の道子や、前読『大きなハードル〜』に出てきた女性もそうだけれど、共感できないけれど特別憎らしく思うでもなく、なんとも曖昧で微妙な気持ちになりました。共感できる人物像はもちろん、「すっごく憎らしいなこの人」と思うような人物像も、そう思えるほど魅力的なんだよなぁなんて思います。反して、静かに何かの塊をふつふつと内包している男の人というのは、この『移動動物園』然り、『大きなハードル〜』然り、胸苦しさを感じるほどに描かれていて、物語自体といってもいいほどでした。
マンションの管理人が主人公の『空の青み』や工場勤務の男性を通した日々を描く『水晶の腕』も、『移動動物園』と相通じる雰囲気でした。
『移動動物園/空の青み/水晶の腕』の三篇。
栗鼠と仔兎とモルモット、アヒルとインコと山羊のポゥリイ。よい子のために幼稚園を回る移動動物園。達夫はそこで飼育係をしていた。マイクロバスと動物たちの小屋を置いている恋ヶ窪駅側の空き地は、来年の夏には立ち退かなくてはならない。移動動物園の園長は、学習雑誌社やデパートの愛玩動物売り場と提携して、何日も何ヶ月も転々と全国を回ることを夢として、熱心だった。達夫はそんなことは真っ平御免で、きっとポゥリイもそうだろうと思う。一羽のインコに言葉を教えるのは道子だった。道子は達夫より三つだけ年上で、達夫を何かと坊やとからかうのである。移動動物園に顔を出す青木は、左耳だけが七十歳、タイヤの爆発のせいだった。青木は通りで仔兎を売るのを生業としていて、移動動物園で生まれる仔兎を買っていっていた。ポゥリイはいつも穏やかで、アヒルは水に浸かっている。インコは覚えたての言葉を話し、夏の最中で一匹の兎が子供を産んだ。道夫は皮膚病に罹った栗鼠に赤チンを塗りたくる。きっと秋には治るだろう。よい子のための移動動物園。子供の手に余るような動物は不要である。
タイトルから勝手に想像していた雰囲気とは大分違っていて、面食らいました。けれども、先日読んだ『大きなハードルと小さなハードル』の著者だったと思い返して、納得です。『移動動物園』という物語のなかの、真夏の熱気が湿気をともなって伝わってきます。むせ返る草の臭いが始終付きまとうようでした。登場する人物たちの、密着しすぎない距離感が好きです。表面的には薄情なくらいかもしれないけれど、リアリティが感じられるところが好みです。けれども『移動動物園』の道子や、前読『大きなハードル〜』に出てきた女性もそうだけれど、共感できないけれど特別憎らしく思うでもなく、なんとも曖昧で微妙な気持ちになりました。共感できる人物像はもちろん、「すっごく憎らしいなこの人」と思うような人物像も、そう思えるほど魅力的なんだよなぁなんて思います。反して、静かに何かの塊をふつふつと内包している男の人というのは、この『移動動物園』然り、『大きなハードル〜』然り、胸苦しさを感じるほどに描かれていて、物語自体といってもいいほどでした。
マンションの管理人が主人公の『空の青み』や工場勤務の男性を通した日々を描く『水晶の腕』も、『移動動物園』と相通じる雰囲気でした。
『移動動物園/空の青み/水晶の腕』の三篇。







